本ポストでお伝えしたいこと
DIIでは、未来のビジネスやテクノロジーの変化を予測し、外部環境の変化に対応しながら動的にいくつかの産業領域でR&D活動を日々実施しています。本ポストでは、そのなかでも「リテール/コマース領域」でどのような活動をどのような戦略に基づいて行っているかをシェアします。この領域で新しいビジネスの萌芽を見つけ、育てようとされている方々の目に留まれば何よりです。
小川 浩史
株式会社電通グループ 電通イノベーションイニシアティブ チーフ・ディレクター。入社以来10年以上、放送局担当や音楽アーティストをはじめとするコンテンツホルダーの担当として、メディアビジネス・コンテンツビジネスに従事。その後電通ベンチャーズ、DIIにて国内外ベンチャー投資・電通グループとのオープンイノベーション、電通グループの事業基盤開発に取り組む。
DIIにおけるR&D活動のプロセス
上記に記載されている4つのプロセスは、R&D活動の一つのフォーミュラだと考えています。
投資するだけでもなく、戦略をつくるだけでもない。電通ベンチャーズ (https://dentsu-v.com/)との連携を通じて外部環境変化を察知し、最新のテクノロジーへアクセスする。そしてビジネス構造、社会、個人の変化を想定したうえで、どのようなビジネスの変化があるか構想し、オーナーシップをもって実証していく。
DIIの活動の目的は、「新しい価値の創造」です。そのために合目的な手段を取ることが重要だと考えます。自社のみで行えることもあるでしょうし、そうでない場合もあるでしょう。ただ、変化の激しい現在において、自社のみで行えない、あるいは自社のみでは効率的でない、生まれる価値が最大化できないといった蓋然性が高いと想定される事業は、スタートアップ企業をはじめとした外部のパートナーとの連携を念頭においたR&D活動のプロセスをとっています。
リテール/コマース領域のDIIスコープ
端的にいえば、「3~5年後の未来、人は一体どのように購買活動を行っているのかを合理的に想像すること。そして、新しい購買行動を実現する価値創造の一翼を我々がどのように担えるか構想すること」がスコープです。ポイントがいくつかあります。
ポイント①:この領域は電通グループの既存ビジネスドメインそのものであるということ
電通グループ各社では、さまざまなソリューションを現在進行形で開発しています。そのなかでDIIは、時間軸を少し未来に置き(具体的には3〜5年後)、電通グループの各事業会社や外部のスタートアップ企業と連携しながら、中長期の未来にアプローチすることを主眼に活動しています。
ポイント②:情報接点と購買接点その双方が重要になってくるということ
購買行動を起こすことは、何らかの情報のインプットがあり、個人の解釈があります。したがって、情報接点と購買行動それぞれに対するアプローチと包括的な理解が必要です。
さまざまな事象が領域間の壁を越えて進化しています。リテール/コマース領域も例外ではなく、メディアやコミュニティ、ブロックチェーンといった領域や技術と綺麗に切り分けることはなかなか難しくなっています。
そうはいっても、すべての産業領域とテクノロジーをまとめて分析し、戦略を立て……とすると解像度が大きくなりすぎてアクショナブルな戦略になりません。そこで抜け漏れを前提としつつ、あえて「リテール/コマース」という領域に絞って戦略を考えています。
ポイント③オンラインとオフラインは不可分
ユーザー/買い手から見たとき、オンラインとオフラインはチャネルの差異でしかなく、分けて論じることにあまり意味がなくなっています。またブランド/売り手から見たときも、この2つを分けて考え論じることはユーザーの体験を致命的に損なう恐れがあります。オンラインとオフラインをともにスコープするというより、そもそも前提として2つは不可分として扱うほうが得策かもしれません。
ポイント④マーケティングスタックとの関係
スコープとは少し異なりますが、リテール/コマース領域の抑えておくべき特徴として、マーケティングスタックの一部を構成しているという理解が重要です。したがって、マーケティングにおける潮流・未来に対する予想が、そのまま影響を受ける/受けざるを得ない領域であると考えるのが妥当です。
ただ、ビジネス構造やテクノロジースタックがマーケティングと比べるより高密度に、そして複雑にひしめき合っている領域です。そのため構造化や勝ち筋の見極めにはマーケティング以上に複雑性が増します。
ポイント⑤戦略としての不断のupdateの必要性
当該領域に限らないことですが、未来を見据えたビジネスを構想するためには、新しいテクノロジーの登場、ビジネスへのインパクト、あるいは新しいビジネスの動きそのものをキャッチアップしなければいけません。
テクノロジーのupdateとビジネスのupdateが領域の勝ち筋を常に変化させる。その動きが特に激しいのが、企業の売り上げに直結するリテール/コマース領域の特徴の一つでもあります。だからこそ、ビジネスとテクノロジーに対する不断なキャッチアップと戦略の動的リバイスが重要です。
2022年夏の時点で環境変化をどのように捉えるか
環境変化① 個人情報保護とプラットフォーム規制
環境変化の一つとして、どの産業領域にも共通したテーマ/動きではありますが、個人情報の保護とプラットフォーマーに対する厳しい目が向けられていることが挙げられます。
個人情報は個人に帰属するもの。その使用に関して厳しいルールを設けていく潮流は、ビジネスの要請というより、社会的な要請だと理解しています。今後も時間の経過のなかで個人情報保護に関する手法や判断がさまざまに出てくると思いますが、この変化は不可逆です。
現在、コマースをサポートするプラットフォームは非常に重要な役割を担っています。これはコマースに限ったことではなく、情報流通やメディア接触に関連したマーケティング手法は、多くの企業・ブランド・個人の経済活動において重要な役割を担っています。だからこそ、個人情報に関する不可逆な変化と相まって、「どのようにプラットフォームが情報を使用するか」がイシューになるのです。
プラットフォーム自身が個人・社会からの要請を満たす形で情報をハンドリングする未来も想定されますが、一方で個人情報保護のためのルールを設けたり、社会的合意に基づいてブランド/売主独自の1st Partyデータを個人で収集したりする取り組みも不可欠になってくるでしょう。
ブランド/売主にとって、アテンションの獲得とコンバージョンの刈り取りより、顧客一人ひとりのLTVを最大化することが重要になります。そのために顧客を知ること、そして顧客に合わせたマーケティングによって最善のUXを提供すること、また顧客の同意のもとにデータを活用すること、つまりより良いブランド体験・商品体験を顧客に合わせた形で提供し続けることがますます求められると考えています。
環境変化② ブランド独自コマース支援サービスの台頭
現状、コマースにおける売り上げがプラットフォームに依存しているケースは多いと思います。その意味では、どのコマースプラットフォームでパフォーマンスを最大化するかという課題は今後も存在し続けるでしょう。
他方で、ブランド独自のコマース(いわばBrand.com)の立ち上げや運営支援サービスを提供するスタートアップが数多く登場してきています。ブランド独自コマースが成長する条件をきわめて単純化して考えると、プラットフォームでのROI(投資利益率)よりBrand.comでのROIのほうが大きくなることが重要です。その意味では、顧客一人ひとりのLTV(顧客生涯価値)を高め、どのようにBrand.comに来ていただくか、買っていただくかというCAC(顧客獲得単価)を考えることが求められます。その際、Brand.comコマースに関わるLTV/CACに関する取り組みが、テクノロジーやビジネスモデルの観点からどのように進化していくか、どういう方向で進化しうるかを考えることが、この領域のR&D活動をしていくうえで非常に重要です。
また少し論点は変わりますが、一般的なブランド/売主の売り上げ比率は、オンラインよりオフラインのほうが高いと思われます。その意味では、オフラインでの行動をいかにオンラインと連携し、統一した顧客体験を創れるかも重要です。個人情報の不可逆な潮流を考えると、「補足する」より個人が自ら進んで情報をブランド/売主に「提供したくなる」方法、つまり情報獲得ではなく個人の便益に焦点を絞ることで、オフライン分断問題への解決策の方向性が見えてくるのではないでしょうか。
2022年夏の時点で予想される未来の事業環境変化・アプローチ進化の方向性
前述の環境変化や、現在進行形で生まれているさまざまなサービス・テクノロジーを踏まえると、下記2つのアプローチがこの領域における進化の方向性としてあり得ると考えます。
アプローチ仮説①ラストワンインチ/カスタマイズアプローチ
これまで人力では不可能だった、より個人に最適化された購買体験(購買の瞬間にとどまらない、購買前後も含めた個人への最適化)がテクノロジーをトリガーとして設計できるのではないかと考えます。
たとえばECの認知のためのマーケティング、LP、カート、thank you page、配送方法、届けられる段ボール…これらの体験すべてが「自分用のクリエイティブ」で構成され、自分だけのUXが実現する世界。
たとえば実店舗体験に関する「いつ」「どのような内容」「どのようなクリエイティブ」といった情報がすべて「自分用のクリエイティブ」で構成され、さらに価格までもが自分に最適化されている世界。
オンライン/オフラインともに個人の購買体験が最大化できるタイミングがあります。しかし、どうしても人間の手ではUXを個人最適化し、ROIを最大化することができませんでした。それが人間の手によらない個人最適化=データ解析とAIクリエイティブによって、ボトルネックが解消される可能性があります。
また、これまでデータポイントではなかったところも個人最適化できる世界が来るのではないかと考えています。顧客接点が増えれば増えるほど、個人最適となる購買体験が強化されていく。そういったループが実現できると競争優位をもった新たなサービスになり、LTV最大化を叶える道筋の一つになるのではないかと考えます。
アプローチ仮説②人/コミュニティ/体験アプローチ
ファネルの最適化を個人ベースで実装し、コンバージョンとリテンションを高めるアプローチ手法が仮説①だとしたとき、購買やリテンションに直結するコミュニティやエンゲージメントを切り口に、LTVの高い(あるいはCACの低い)購買の仕組みが生まれてくるのではないかと想定しているのがアプローチ仮説②です。そして、その購買の仕組みをファネル全体に敷衍できると考えています。
その際、情報接点について考えることがこのアプローチの解像度を上げるうえで重要です。人はどのように情報に接し、購買をはじめとした行動に移すのでしょうか。
「エンゲージメント」という言葉があります。個人がどのような主義をもち、どのような考え方をするか、何を良しとしているかという「ゲイン」と、生活のなかで個人的に困っていること、課題に思っていることを解決したい「ペイン」という概念があるとします。この「ゲイン」と「ペイン」を共有した人やコミュニティに対して、あるいはそのコミュニティ内の人間同士の間に発生する感情をエンゲージメントとしたとき、そのエンゲージメントをきっかけとして購買までのジャーニーを描くことができれば、LTVが良い顧客である可能性が高い(低いCACで購買まで至る可能性が高い)といえます。
このアプローチにおける課題は二つあります。まず、個人のエンゲージメントをどのように定量的に把握し、どのように購買へのインパクトを評価するか。次にエンゲージメントの情報接点をどのように紐解くか。
個人のエンゲージメントといっても、人は一人で生きているわけではありません。同じペインやゲインを共有するコミュニティを保有していることもありますし、自分のペインやゲインを表現してくれるメディア上の他人に高いエンゲージメントを感じているケースもあります。ある個人のエンゲージメントがどの情報接点を経由して醸成されていくのか、あるいはどの情報接点に蓄積されていくのか点を明らかにすることが重要です。
上記2点を明らかにすることで、「どういう切り口」「どういう情報経路」でアプローチをすることが個人のエンゲージメント(この場合、人間の生き方や主義に近いニュアンスになってくると思います)にタッチすることになるのかを解き明かすことになると考えます。
実証活動
ここまで記してきたような、環境変化やそれに対するアプローチ仮説を元に、電通グループの各事業会社や外部パートナーと連携して実証活動を行っています。
https://innovation.dentsu.com/about/#partners
実証活動の進捗については、この場で適宜発信していく予定です。