ブロックチェーンで社会はどう変わるのか──コンソーシアムの代表理事が語る、次世代テクノロジーが切り拓く未来

現在のインターネットの世界は、巨大テック企業の運営するプラットフォームが個人情報を独占しているような状態にあります。この中央集権的な構造からの脱却の鍵になると言われているのがブロックチェーン技術を活用した次世代インターネットの概念「web3(Web3.0:ウェブスリー)」です。ブロックチェーンを活用することで、プラットフォーマーではなく、ユーザー自身が個人情報を自己主権のもとで管理できるようになる。その時代の情報流通は、Self Sovereign Identity(SSI:自己主権型アイデンティティ)という考え方のもと、インターネット上の各サービスを利用する際のアカウント情報(ID情報)の所有権がプラットフォーマーなど中央集権的な事業者の手からユーザーへと移ることで、ユーザーはアプリケーションやプラットフォームを、ひとつのIDで自由に行き来できる環境を手に入れると予想されています。つまり、自らの意志で個人情報を誰に開示し、どう活用するか、事業者との契約関係を自己の裁量のもとで都度決められるようになります。果たしてそれは、どのような未来なのでしょうか。ITコンサルタントの後藤 悠さんと、電通イノベーションイニシアティブ プロデューサー、鈴木 淳一が探りました。

平野 洋一郎(写真右下)
アステリア株式会社 代表取締役/ブロックチェーン推進協会(BCCC) 代表理事。ソフトウェアエンジニアとして8ビット時代のベストセラーとなる日本語 ワードプロセッサを開発。1987年~1998年、ロータス株式会社(現:日本IBM)でのプロダクトマーケティングおよび戦略企画の要職を歴任。 1998年、インフォテリア(現:アステリア)株式会社創業。2007年、東証マザーズ上場。2018年、東証一部上場。2022年東証プライム上場。2008年~2011年、本業の傍ら青山学院大学大学院にて客員教授として教壇に立つ。BCCC 代表理事のほかに、ベンチャーキャピタルPegasus Tech Ventures アドバイザー、先端IT活用推進コンソーシアム 副会長、XML技術者育成推進委員会 副会長などを務める。

伊藤 佑介(写真左下)
ジャパン・コンテンツ・ブロックチェーン・イニシアティブ(JCBI) 代表理事。東京工業大学理学部情報科学卒業後、システムインテグレーション企業を経て、2008年博報堂に入社。16年からメディア、コンテンツ領域のブロックチェーン活用の研究に取り組む。20年よりJCBIにて現職。近著『NFT1.0→2.0』(総合法令出版)

後藤 悠(写真右上)
株式会社ファイブテンコンサルティング 代表取締役/シックスズ合同会社 代表取締役/株式会社ティムコ 監査等委員社外取締役。株式会社電通国際情報サービスなど複数会社で連結会計システム開発、会計コンサルティングの経験を経て、2010年4月に現在の株式会社ファイブテン コンサルティングを設立。2010年7月から1年半、日本IBM株式会社に所属し、ビックデータ等最新テクノロジーを活かした経営管理コンサルティングに従事。現在は“ワクワク”しながら働くことをモットーに、2つの会社の代表として、企業役員へのコンサルティングや社外取締役として活動。

鈴木 淳一(写真左上)
株式会社電通グループ 電通イノベーションイニシアティブ プロデューサー。先端技術の利活用による競争優位戦略、メディアコンテンツ流通戦略などを担当するほか一般社団法人ブロックチェーン推進協会(BCCC)理事、MIT Technology Review IU35 Advisory Board、放送大学客員准教授等を兼務し若手研究者の発掘・支援に取り組む。プラットフォームフリーかつトラストレスのトークンエコノミーが導く未来について“Blockchain 3.0”(IHIET)にて概念化し、近著・監修『ブロックチェーン3.0』(NTS)にて具体化を試みる。

ブロックチェーン技術の普及に関わる、2つのコンソーシアム

鈴木:本日、モデレーターを務めさせていただく、電通イノベーションイニシアティブ プロデューサー、ブロックチェーン推進協会(BCCC)理事の鈴木淳一です。よろしくお願いします。

本日は、ブロックチェーン推進協会(BCCC) 代表理事 平野 洋一郎さん、ジャパン・コンテンツ・ブロックチェーン・イニシアティブ(JCBI) 代表理事 伊藤 佑介さんを中心に、コンソーシアムの代表理事という立場から「ブロックチェーンの可能性と現在地」をテーマに、さまざまなお話しをお聞きできたらと思っています。

加えて、株式会社電通国際情報サービスを経て、現在はITコンサルタントとして、企業とサービスをつなぐ立場で活躍する後藤 悠さんにも参加いただくことで、より議論を深めていけたらと考えています。まずは、ブロックチェーン推進協会(BCCC)と、ジャパン・コンテンツ・ブロックチェーン・イニシアティブ(JCBI)について、簡単にご紹介をお願いできますでしょうか。

平野:はい。ブロックチェーン推進協会(BCCC)は、ブロックチェーン技術を使ったサービス開発企業や、ブロックチェーン技術に関心のある企業・団体が加盟しているコンソーシアムです。ブロックチェーンは、仮想通貨とNFTでの社会実装は、まだまだこれからです。私が代表を務めるアステリアも含めて、さまざまな立場でブロックチェーンに関わる企業が参画し、ビジネスへの普及推進を行っています。

伊藤:私が代表理事を務めるジャパン・コンテンツ・ブロックチェーン・イニシアティブ(JCBI)は、ブロックチェーン等の先端技術を活用した、コンテンツの流通市場の拡大および各種権利の保護を通じて、コンテンツ業界の健全かつ持続可能な発展を推進することを目的としたコンソーシアムです。日本のコンテンツ領域のサービスのUX(ユーザー体験)のDX化を業界横断の共創で加速することを目指した企業連合で、会員企業もコンテンツ業界が中心です。

「産地偽装の防止」「著作権保護」に寄与する、ブロックチェーン技術

鈴木:BCCCでは、ビジネス活用という視点から派生した、さまざまな部会があるそうですね。

平野:はい。現在9つの部会がありますが、例えば、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティで「産地偽装」を防ぐ取り組みを行う「ID・トレーサビリティ部会」があります。「産地偽装」は消費者を騙す行為であり、重大な社会問題です。多くはサプライチェーンの途中段階で、産地を書き換えることで偽装するわけですが、従来のデジタルデータでは容易なこの行為も、ブロックチェーンの持つ優れた改ざん耐性を利用すれば、防ぐことが可能です。同様に、ブロックチェーン技術を活用すれば、卒業証明書の偽装もできなくなりますから、経歴詐称を防ぐこともできるわけです。

鈴木:偽装を防ぐとともに、その情報(価値)が正しいことを証明することにもなる。結果それは、商品の与信を高めることになり、付加価値となって、価格にも反映される可能性もありますよね。IBMでは、他国から持ち込まれる野菜に対して、農薬量などが基準値を満たしているかを、ブロックチェーンによって可視化し、品質管理(トレーサビリティに活用)している例もあります。

後藤:安全性や信頼性の担保もそうですが、最終的には利用しているユーザーにとってメリットのある仕組みであることが、普及のためには大切ですよね。

鈴木:そうですね。どちらのコンソーシアムも、加盟している企業の先には、生活者がいます。生活者がその仕組みに協力したくなるようなインセンティブを設計することが重要だと私も考えています。また、ブロックチェーンを活用すれば、環境に配慮した行動に対しても、正確に記録できますから、人の生き方や行動にも価値が生まれる世界も実現可能だと思います。平野さんは、ブロックチェーン技術もおける日本の現在地を、どのように捉えていますか?

平野:ブロックチェーンは、基本的にはデータの真正性などを示すためにインターネット上のあらゆるアプリで使われていくと考えていますし、そうしたサービスがどんどん出てきてほしいと考えています。目指すのは、自律・分散・協調の社会。昨今、インターネットの世界においても「自律・分散・協調」が重要であるという認知は高まっているように感じますが、やはり現状のカタチを変えたくない人たちも存在する。そのなかで今年、日本政府がWeb3の事業環境整備に取り組むことが大きなニュースとなるなど、官民一体となって、現状を打破しよういう流れが加速し始めていますよね。国際競争力を高めるためにも、Web3を支える技術であるブロックチェーンのビジネス利用は非常に重要です。世界の一歩先を目指しつつ、現実的には世界から遅れをとらないインフラをしっかり整備していく段階という印象を受けています。

鈴木:伊藤さんは、コンテンツとブロックチェーンという観点で、「現在地」をどのように捉えていますか?

伊藤:2020年2月にJCBIは発足しているのですが、それ以前から私がブロックチェーン技術において興味深いと思っていたのは、不特定多数により共同運営されているブロックチェーンの各ノードサーバ内にデータが記録されていて、そのデータを保有しているユーザーに対して各社が企業の壁を超えてサービスを提供できるという部分です。こうしてコンテンツ業界横断での共創によるUXのDX化という発想に至ったのですが、そのためには、1社ではなく、複数のコンテンツ企業の方との連携が不可欠でした。その頃、コンテンツ業界でもブロックチェーン技術を活用した共創によるグローバル流通の拡大に対する期待が高まっている中、一方で同時にしっかりとコンテンツの著作権の保護もしたいという声があがっていて、流通拡大という“攻め”と権利保護という“守り”の双方にフォーカスして活動している点に賛同してくださったコンテンツ企業が多くいたことも追い風となりました。ブロックチェーンを課題解決の一手段として捉えて、業界一丸となって共創していくことで、日本のコンテンツ産業の成長にも寄与できると考えています。

医療分野での活用が期待される、ブロックチェーン

鈴木:企業は著作権などの権利侵害の観点から、コンテンツを守りたいと考えるようになってきている。一方でユーザーは、プライバシー侵害の観点から、個人情報保護への意識を高めています。平野さんは、個人情報とブロックチェーンについて、活用が進みそうだと注目している分野はありますか?

平野:私自身、アステリアの前身「インフォテリア」時代に、電子カルテのXML化(デジタル化)を手掛けたことがありますし、電子カルテはブロックチェーンによって、より安全に情報管理できると考えています。

そもそも電子カルテというのは、プライバシーに関わる個人情報が記載されているものです。だからこそ、情報管理もデリケートにならざるをえない。本当は、患者さんの情報を、クリニック間で連携できれば便利なのでしょうが、それは難しいのが実状です。ですがブロックチェーン技術を使えば、データの真正性だけでなく、中央集権型でないことからデータ保護の観点からも個人情報も本人主導で共有できるようになると考えています。もちろん、課題がないわけではないのですが、個人的には医療分野での活用の広がりには期待しています。

鈴木:電子カルテの話をお聞きして思い出したのが、病院で使える医療機器というのは、認証を受けている必要があるそうです。当然、個人で所有できるようなものではないわけです。

そこに風穴を開けたと言われているのが「Apple Watch(アップルウォッチ)」です。検査せずとも、自分の日々の血圧や運動データなどのライフログを共有できる。いわばモビリティ性のあるカルテ情報なわけですよね。医療業界におけるブロックチェーン活用を日本が先行できれば、国際競争力という点でも非常に有用だと感じました。

後藤:アップルウォッチには日々、さまざまな個人情報が集約されていきますよね。ただ現状は、アップルウォッチのデータをベースに診断を受けることはできない。あくまで情報は個人で使う想定で、企業に提供できるような体制、構造になっていないので、その仕組みづくりから必要ですが、実現したらたしかに便利かもしれませんね。

鈴木:アップルウォッチのデータを使えるAクリニックと、使えないBクリニックがあって、Aクリニックを求める人が増えれば、自然と医療分野でのライフログの活用も広がる可能性もありますよね。そうなれば、アップルウォッチがまたひとつ、新たな風穴を開けるかもしれない。臨床医学は難しくても、予防医療の分野では十分に可能性はあるのではないかと個人的には思っています。

NFTを起点に生まれる、企業コラボによる新たな価値創造

鈴木:伊藤さんは、ブロックチェーン活用の可能性について、どのようにお考えですか?

伊藤:Web1.0の世界は、一方通行の情報発信、たとえるならホームページの時代。Web2.0の世界は、個人が双方向で情報発信できるようになったSNSの時代。Web3と呼ばれる次世代インターネットの世界は、個人が価値を作れる時代です。

どの時代のフェーズでも、企業にとってメリットがあってこそ、それらの技術の社会実装が進んでいく側面があると感じています。Web1.0では、チラシが企業ホームページになってコスト削減につながった。Web2.0では、企業は特別な調査などせずともSNSで簡単にVoC(Voice of Customer)が得られるようになったことで、商品開発に活かせるようになった。そのように企業が各フェースで誕生した技術に対して、事業に資する目的を見出していくと、次のステップに進みやすいと考えています。Web3への歩みを加速するためには、今後、企業間での連携を強化し、いかにWeb3、ブロックチェーン技術の持つ特性を現実的に事業に活かしてしていけるかが大切なのではないでしょうか。

企業を横断して利用可能なデジタルデータである「NFT」の分野においては、アディダスが2021年12月にブランド初となるNFTコレクションを発表し、その後もさまざまなコラボを展開し、話題を集めています。これもブロックチェーンの特性を活用した事業化の一例です。同様の流れ(NFTを活用した新たな事業価値創造)がコンテンツの領域でも広がっていくといいのではないかと、個人的には思っています。

メリットを最大化するためには、業界を閉じるのではなく、開くことが重要

鈴木:アップルウォッチの話も、NFTの話も、特定の企業だけで閉じずに、開いて他の企業とつながっていくことが大切、ということですよね。個人の視点で見たときに、JALに乗った人もANAに乗った人も、飛行機を利用した、という点では同じ。その与信を1社が独占するのではなく、各社で共有する。そうやって業界がひとつになって、企業間をまたいだインセンティブをユーザーに提供できると、新しい市場が生まれる可能性もあるように思います。

後藤:理想は、特定業種の企業間だけでなく、業種も飛び越えた連携ですよね。自分の個人情報を、ときには医療に、ときにはポイントサービスのようなものにも使えるような、そういう世界が望ましいように感じました。

鈴木:そうですね。1日1万歩を日課で歩いている人がいたとして、これまでなら「健康的だね」という評価しかなかったところに、そこにブロックチェーンによってエビデンスが生まれれば、それだけ歩いているなら、そもそも保険料金は安くなってもいいという発想で、保険会社が共有できれば、保険料金を安くなる仕組みも構築できそうです。そうやって、自分のデータを提供することで、自分のインセンティブにつなげられる世界をブロックチェーンなら実現できるのではないでしょうか。

そのときに、業界内で閉じるのではなく、社会全体で情報を利活用するような視点を持てると、生活者にとっても企業にとってもメリットがある構造になると思いました。そのためには、BCCCやJCBIのようなコンソーシアムが中心となって、ブロックチェーンを正しく活用し、正しく広げる活動をしていくことが、今後ますます重要になるのではないでしょうか。本日はありがとうございました。

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