社会が大きく変革している昨今。AIやロボティクスが台頭する第4次産業革命によって、労働市場で求められる人材にも変化が起きています。そのなかで人のトランスフォーメーションともいえる、「リスキリング(学び直し)」の必要性が説かれる機会が増えました。これを日本で実現させるためには何が必要なのでしょうか。DIIチーフ・ディレクターの佐野綾子が、海外事例を踏まえて考察します。
佐野 綾子
株式会社電通グループ 電通イノベーションイニシアティブ チーフ・ディレクター。グローバル市場における新規事業開発を推進し、未来の事業基盤の創造に取り組む。特に、働き方や必要スキルが大きく変化するデジタル時代の人材育成・教育領域を担当。
産業構造の変化とスキルギャップの発生
1900年代、アメリカでは労働者の40%以上が、農業に従事していました。ところが、その割合は2017年までに雇用の2%以下に。第2次産業革命の技術革新により、大幅に農業労働力の需要が減少に向かった転換期において、本来なら農家になるはずだった多くの若者はどこに吸収されたのでしょうか。
答えは、学校でした。1910年~1940年の間に、教育期間を16歳まで延長し高校の卒業証書を得る若者は、18%から73%にまで成長しました。こうして、リテラシーと数学の力を強化し、時代に合わせた就職の機会を得ました。この動きは“High School Movement”、と言われ、HBS(ハーバード・ビジネス・スクール)のクレイトン・クリステンセン教授は生前、この動きを「アメリカの20世紀最大の素晴らしい投資」と呼んでいます。
第3次産業革命の際は、コンピューターによる自動化が進み、初めてATMが生まれました。結果、お金をカウントする業務がなくなり、1支店に必要な銀行窓口係は3分の1に減りました。ところが、銀行窓口係の雇用は全体として7% 増加します。効率化によるコストダウンと事業成長の結果、銀行の支店が40%も増えたからです。そして、銀行窓口の業務は、以前と同じものではなく、「顧客の課題解決」や「関係構築」といった、より高度な認知スキルが求められることとなります。この時代においても、人が不必要となることはなく、求められたのは既存人材の「再教育」でした。
このように、技術革新のたびに必要なスキルや働き方は変化し、私たちの社会は前進してきました。そして今、AIやロボティクスが台頭する第4次産業革命の真っただ中。新たなスキルギャップに直面しています。結果、世界的な人材不足が発生しています。
なかでも深刻なのが日本。三菱総合研究所のレポートによると、これまで労働人口の多くを占めていた「生産職」や「事務職」が淘汰されていき、2030年には、「デジタル人材を含む専門技術人材」(技術革新をリードしビジネスに適用する人材)が170万人も不足するというのです。
こうした需給のアンバランスが発生する時代において、技術進化を企業・社会成長につなげる重要なカギとなるのが、「リスキリング」への大きな投資。社会やビジネスの新たなニーズに応える、新たなスキルや知識を習得する必要が生じているのです。
「リスキリング」をどのように実行していくか
では、市場のスキルギャップを解消するため、リスキリングを通してどんな人材を生み出すことが求められているのでしょうか。OECDやeurostatの世界の労働市場データを見ると、「システムエンジニア」などの技術系人材はもちろん、「ビジネス知見」と「データ・デジタル知見」の両方を併せ持って価値を生み出せる、ハイブリッドなDX人材のニーズが高まっています。また、環境の変化が激しい中で、「創造力」「適応力」「問題解決力」といった認知能力も重要です。
ただし、課題があります。「産業構造の変化によってスキルギャップが発生しているので、リスキリングをしよう!」と、必要性を説くのは簡単ですが、有効的なリスキリングを「実行」できるかはまったく別の話だからです。
リスキリングとは、言うなれば、“人”の能力をトランスフォームすること。決して容易なことではありません。企業にとっても個人にとっても、時間とコスト、そしてモチベーションの持続が求められます。「学びたい・学ぶべきという思い(Will)」をどんなに持っていても、そこから「実行(Do)」に至るまでには、大きな距離があるといえるでしょう。
この壁を乗り越え、リスキリングを社会変革の真のソリューションとしていくためには、以下のような課題を解決できる人材育成の仕組みをデザインし、浸透させていく必要があります。
● 必要となるスキルのマッピング
● 使える実践スキルの習得
● 学習モチベーションの継続
● スキル習得者の最適雇用と配置
海外の最新トレンドを通じて、この課題の解決法について考察します。
リスキリングの最新トレンド「OpenClassrooms」の取り組み
欧州でリスキリング領域をリードするのが、フランス政府認定のオンラインプラットフォーム「OpenClassrooms」。今後、需要が高まるスキルに特化して、DX専門人材を育成する教育プログラムとキャリアコーチングサービスを提供しています。
OpenClassroomsが提供するプログラムは、先ほど挙げたリスキリングの課題に応える形でデザインされています。なかでも特徴的なのが、「コース選定とコンテンツ制作」のプロセスです。労働市場で必要とされるスキルをマッピングしたうえで提供コースを選定しているほか、現場のエキスパートへの聞き取り調査に基づいて、各役職で求められる実践スキルを習得できるようにカリキュラムを組み立てています。
コースは課題型プロジェクトで構成され、現場で使える実践スキルを自分のペースで半年〜1年かけて身につけていきます。学習コンテンツはわかりやすさとUXにこだわっており、しかも領域エキスパートとの1on1のメンターセッションが毎週あることや、フランス政府認定の学位が取得できる点などが継続的な学習を支えています。
またOpenClassroomsでは、修得したスキルを次のキャリアに直接活かせる仕組みも取り入れています。例えば、学習を通じて専門スキルを習得することを前提とした「アプレンティスシップ採用」はそのひとつ。アプレンティスとして、特定のスキル習得を条件とした採用後は、半年~1年ほど、現場で見習いとして働きながら、並行してパートタイムでOpenClassroomsのコースを受講し、スキルを習得します。受講修了時には、ジョブ型人材として、本採用となり、そのまま活躍できるわけです。
この特に欧州ならではのアプレンティスシップ採用は、社会全体のスキルアップの促進に大きく寄与するモデルであり、どの国よりもデジタル人材不足に直面する日本において非常に高いポテンシャルを持つと考えます。しかし、まだ制度として整っていません。
そこで我々のチームでは、アプレンティスシップを模した、日本独自のWork&Learnプロジェクトに取り組んでいます。コンセプトは、“「デジタルスキルを学ぶ機会」と、「現場で働き、実践スキルを身につける機会」を並行して提供し、成長意欲のある人材のキャリアピボットをサポートする”ことです。このWork&Learnモデルの実証については、引き続きレポートする予定です。
人の育成に対する大きなマインドシフトが求められるこの転換期において、既存の慣習にとらわれないダイナミックな人材戦略が求められます。個々人にとってのWill(意思)とDo(実行)の距離は、人材確保のために戦略転換を求められる社会や企業にも存在する課題です。
“個人”のリスキリングのDoを促進する「学びへの努力が雇用・キャリアピボットに直結する制度」や、“企業”の未経験人材の採用のDoを促進する「学習とスキル習得を前提とした採用制度」といった、アプレンティスシップを模した仕組み・制度づくりが重要になるのではないでしょうか。
そのような、日本の労働環境に適した形での、日本ならではの「学び×雇用」のモデル作りを我々のチームは目指します。
参考:
David Autor - TEDxCambridge 「Will automation take away all our jobs?」
https://www.ted.com/talks/david_autor_will_automation_take_away_all_our_jobs
三菱総合研究所 DX成功のカギはデジタル人材の育成
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20200528.html
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