成長著しく、中国の次に台頭してくることが期待される東南アジア諸国。なかでも東南アジア最大の約2.7億人の人口を抱えるインドネシアで、DIIは2022年4月にはじめて現地の複合メディア・プラットフォーム企業IDN Media(IDN Media Pte. Ltd.)に出資を行いました。そこで今回は、若くしてIDN Mediaを率いる創業者兼CEOのWinston Utomo氏に、IDN Media創業ストーリーから将来のビジョン、そして、インドネシアのミレニアル世代を代表する起業家だからこそ見える景色について、DIIの東南アジア戦略を推進するチーフ・ディレクター小山とシニア・マネージャー井野が、迫ります。
Winston Utomo
IDN Media社 創業者兼CEO。インドネシア出身。南カリフォルニア大学、コロンビア大学院卒業。St.John Capital Group Inc.(サンフランシスコ)、Google(シンガポール)を経てIDN Mediaを創業。
小山 祐樹
株式会社電通グループ 電通イノベーションイニシアティブ チーフ・ディレクター。電通入社後、営業セクター、経営企画局を経て現在は電通グループのグループR&D組織である「電通イノベーションイニシアティブ(DII)」のチーフ・ディレクターとして、新領域投資や投資先との事業共創をリード。主にXR/メタバース/New Media領域、日本/北米/インド/東南アジアなど国内外のエリアを担当。
井野 侑希
株式会社電通グループ 電通イノベーションイニシアティブ シニア・マネージャー。投資ファンド、ソーシャルゲーム会社を経て、2015年電通入社。経営企画局を経て、2018年よりDIIでスタートアップ投資を交えた事業開発に従事。
インドネシアにおける新進気鋭の複合メディア企業
小山:2022年4月、DIIはIDN Media社に出資しました。インドネシアでの投資は、今回がはじめての事例となります。そこで今回、あらためてIDN Media社について紹介したいと考えています。
Winston:ありがとうございます。IDN Media社は、ジャカルタに本社を構えるインドネシアの複合メディア・プラットフォーム企業です。創業は2014年。ニュース・エンタメメディアのIDN Timesや女性向けファッション・美容メディアのPopbela.com、妊婦やママ・パパ向けメディアのPopmama.com、料理動画プラットフォームYummy、経済・ビジネスメディアFORTUNE Indonesiaなど、さまざまなデジタルメディアを開発・運営しています。
また、スーパーアプリ(アジアを中心に広く普及しているスマートフォンで使用する複数のアプリ機能を単一のアプリに統合したもの)を目指すIDN App、eスポーツプラットフォームGGWP、クリエイター向けマーケットプレイス型プラットフォームICE、映画会社IDN Picturesなど、複数のプラットフォームの運営を通じて多様なコンテンツを提供しています。
井野:現在の月間アクティブユーザー数(MAU)はどれぐらいでしょうか。
Winston:ニュース・エンタメメディアのIDN Timesを中心に、Popbela.com、Popmama.com、Yummyなど、運営している複数デジタルメディアの合計MAUは2022年7月時点ですでに8,000万人を超えています。
井野:インドネシアの人口が約2.7億人とはいえ、創業から10年経たずして、MAU8,000万人は凄いですね。
Winston:ユーザーの観点では、IDN Media社はミレニアル世代、Z世代向けのコンテンツに特に注力しています。ビジョンとして、#DemocratizeInformation(情報の民主化)を掲げ、より良いインドネシア社会のために適切で質の高い情報へのアクセス提供を目指しています。
小山:社会課題の解決を目指しながら、きちんとユーザー数も伸ばしているのは素晴らしいですね。
中国市場におけるメディアビジネスの新潮流とインドネシアの未来
Winston:電通は日本の会社ですよね。DIIはなぜインドネシアに着目しているのでしょうか。
小山:堅調な人口の増加と、デジタル広告市場やEコマース市場の継続した拡大傾向が魅力に映りました。また平均年齢32.1歳と若い世代の多いインドネシアのなかで、スマートフォン普及率は2021年に約72%と急速な高まりを見せている点にも着目しています。特に、ミレニアル世代やZ世代のメディア接触がWEBやモバイルにシフトしてきているなかで、モバイルネイティブ世代による新しいメディア・プラットフォームニーズの兆しを感じ、DIIとしても参入すべきだと判断しました。
Winston:インドネシア市場に参入するにあたって、DIIはどのような仮説を持っているのでしょうか。
小山:私たちがベンチマークしている市場の一つに、アジア圏で早期にデジタル広告やECが大きく伸長した中国市場があります。中国市場を見ていると、AlibabaのようなECプラットフォーマーが認知・ファン化から購買までマーケティングバリューチェーンの幅広い範囲を提供してユーザーデータを囲い込んでいます。
また、Little Red BookのようにKOL(キー・オピニオン・リーダー)やインフルエンサーを活用して、コンテンツ提供とECが合わさった新しい形のメディアコマースもアクティブです。インドネシアでも将来的に、このような新しいプラットフォーマーがマーケティングやユーザーの新消費エコシステムを構築していく時代が来るのではないかと考えています。
Winston:IDN Media社も、まさに最近ライブストリーミング事業を開始したところです。今後はメディアコマースなどEC領域にも事業を広げていきたいと考えています。ちなみに、インドネシアはスタートアップ産業が盛んになっているので、提携先候補は複数あったと思います。どうしてIDN Media社に出資したのでしょうか。
小山:中国市場のプラットフォーマーを見ていて、興味深いことに気づいたのですが、ECプラットフォーマーにはその成り立ちが、元々ECからはじめていた会社と、ライブストリーミングなどのコンテンツ配信からメディアコマースに拡張していった会社の2種類ありました。
電通は元々ECをやっていた会社ではありませんが、メディア・コンテンツビジネスにはグローバルで取り組んできました。そのため、今後、中国市場のようにプラットフォーマーの存在感が高まるであろうインドネシアでは、コンテンツ配信からECに拡張していくことを目指す会社とのパートナーシップに事業機会があるのではないか、と。
特に、メディアコマースの成功には、ユーザーと近い目線でトレンドを発信・形成していくKOLやインフルエンサーの存在が欠かせないと感じています。そのような観点から、インドネシア全土にKOLやインフルエンサー、コミュニティを抱えているIDN Media社との協業機会は、大きな可能性があると考えています。
#DemocratizeInformation
井野:IDN Media社は「#DemocratizeInformation」(情報の民主化)をビジョンに掲げていますが、社会課題の解決に対してIDN Media社のビジネスはどのように貢献するのでしょうか。
Winston:IDN Media社は、私の弟で共同創業者兼COOのWilliam Utomoと2014年に創業したのですが、当時、インドネシアには2つ課題があると感じていました。
1つは情報格差です。インドネシアのオンラインの情報のほとんどがジャカルタに関するものです。インドネシアが、より強く経済的に豊かになるためには、ジャカルタ関連以外も含む高品質なコンテンツにアクセスできる環境の整備が不可欠だと感じました。
2つ目は、世代に関する課題です。当時、ミレニアル世代・Z世代といった若い世代は、メディアから無視されていたと言っても過言ではありません。新聞やテレビといった既存メディアはシニア世代をターゲットとしているため、ほとんどのコンテンツ消費をデジタルメディアで完結する若い世代は実質的にローカル情報へのアクセスの機会が遮断されていたからです。
そこで私たちは、2014年から、この両世代に向けたサービスを提供してきました。その理由は、ミレニアル世代とZ世代が、次世代リーダーとしてインドネシアの社会や経済を変革していくと信じているからです。2018年にミレニアル世代が、2022年に入ってZ世代が注目を浴びるようになったことで、その状況も変わりつつありますが、まだ十分とは言えません。
これらの課題の解決が、私たちがIDN Media社を創業した理由です。だから私たちのビジョンは、すべてのインドネシア人にとっての「#DemocratizeInformation」なのです。
井野:インドネシアのすべての人が高品質な情報へアクセスできることが大事ということですが、高品質とはどのようなことを指すのでしょうか。
Winston:それは2つあります。1つはユーザーとコンテンツとの関連性です。たとえば、私はインドネシアでジャカルタの次に大きい都市スラバヤの出身です。しかし、オンラインでコンテンツを消費しようとすると、90%のコンテンツはジャカルタ関連です。ジャカルタに住んでいるインドネシア人は全体の3.9%。ジャカルタ周辺の都市を含むグレータージャカルタで見ても、せいぜい全体の10%程度にしかなりません。つまり、90%のコンテンツが10%の人にしか関係がない一方、90%の人に直結するローカルコンテンツは10%しかないのです。
私は、自分自身の経験からも、高品質なコンテンツを考えるときにコンテンツの関連性は最も重要なことと考えています。インドネシアのどこに住んでいようとも、ローカル情報を含めて自分に関連するコンテンツにアクセスできるべきなのです。
2つ目は、当然のことですが、コンテンツは正確であり、適時性があり、誤解を招いてはならないということです。また、興味を喚起する内容で、情報の密度が濃い必要があります。
井野:現在、そのような課題への取り組みはどの程度進んでいるのでしょうか。
Winston:IDN Media社をはじめた8年前と比べると、だいぶ良くなったと思います。情報のジャカルタ非一極化は進んでいます。Facebook、Instagramといったグローバルのメディア会社も、私たちのようなローカルの会社と同じような役割を果たしてくれています。しかし、まだ十分とは言えません。
小山:ジャカルタ以外のインドネシア全土の多様なコンテンツを届けられるようになると、ユーザーにはどんな機会やメリットを得られるのでしょうか。
Winston: 当然、情報へアクセスできること自体に価値がありますが、それだけではなく、経済的な機会の獲得という価値があると考えています。
たとえば、インドネシアの有名な旅行スポットとしてロンボク島があります。しかし、現在、ロンボク島に住んでいる人々ですら、十分に島の観光名所について知ることができていません。情報提供が進めば、ロンボク島に住んでいる人も、住んでいない人も、ロンボク島をより深く知り、さらに訪れるようになるでしょう。コンテンツの関連性が経済的な機会を生む一例です。
また別の例になりますが、現状、メディアはジャカルタが本拠地になっているところばかり取り上げます。実際は、バンドンなど、他の都市にもさまざまな企業があるのですが、メディアは取り上げません。人々は、自分たちの住んでいる地域についてすら十分に知らず、経済的な機会を逃しているわけです。
クリエイターエコシステム構築によるインドネシアの社会課題解決への挑戦
井野:そのような社会課題に対して、IDN Media社はどのようにアプローチしているのでしょうか。
Winston:情報格差の解消のため、ジャカルタ非一極化のコンテンツを制作・配信しています。IDN Timesに限らず私たちの運営するメディアは、インドネシアのどこに住んでいる人でも記事を書けるプラットフォームとして提供しており、コンテンツクリエイターの数はインドネシア全土で約10万人に達します。私たちのゴールは、UGC(ユーザー生成コンテンツ)を集積したプラットフォームを通じて、インドネシアのすべての人が自らの知名度を高め、収入を獲得する機会を得られる世界です。
井野:IDN Media社は現在では多くのコンテンツクリエイターをインドネシア全土に抱えているということですが、地理的にも広いインドネシアで、どうやってクリエイターを開拓していったのでしょうか。
Winston:はじめの2年間は一人ずつ、紹介や口コミで増やしていきました。困難で地道な取り組みでした。最近は知名度も上がり、コンテンツクリエイターを増やすこと自体は容易になりました。現在は、クリエイターの開拓よりも、どうやったら一人ひとりのクリエイターに、コンテンツの品質を高めて収益化してもらうか、という点に注力しています。
井野:クリエイターがコンテンツの品質を高めるために、具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。
Winston:2つあります。1つは教育、2つ目は編集プロセスです。私たちは、コンテンツクリエイターに多くのトレーニングの機会を提供することに加えて、クリエイターたちがいつでもチームに相談できるライブチャットやメールの窓口を用意しています。また、記事の編集にあたっては、表現の盗用などの問題がないか、AIを活用して自動修正しながら、最終的には人の目で正確性をチェックしています。
小山:IDN Media社は、経済、ファッション、美容、育児、料理等、多様なカテゴリーのメディアを展開していますが、今後、あらゆるカテゴリーを対象とするのでしょうか。それとも、カテゴリーを絞る考えがあるのでしょうか。
Winston:私たちは、プラットフォームとして、エコシステムの構築を目指しています。そのためには、ユーザーが求めるすべてのカテゴリーで事業展開することが大切だと考えています。その理由は3つあります。
1つ目は、組織のコスト効率化です。私たちは、完成されたエンジニアリングチーム、プロダクトチーム、コミュニケーションチームを持っており、何か新しいことをはじめるときにゼロから組織をつくる必要がありません。そのため、新しい領域にサービスを拡張するほどコストの効率化が進みます。
2つ目は、収入源の拡充です。私たちの営業チームは、常にプロダクトをクロスセルしています。そのため、新しい領域の事業でも早期に収益を得ることができます。
3つ目は、市場参入後の事業拡張スピードの優位性です。たとえば、JKT48の事業について、すでに持っている自分たちのベストプラクティスを流用することで、一から再発明をすることなく事業を早期に成長させることができます。
小山:「情報の民主化」により、ローカルの人々がコンテンツのクリエイターになることは、インドネシア経済への全体の貢献という観点からすると、どのような意味合いがあるのでしょうか。
Winston:私たちのゴールは、すべてのカテゴリー、すべての世代にサービスを届けることで、すべてのインドネシア人が、私たちのプラットフォームでコンテンツ消費をワンストップでできるようになることです。
小山:それがインドネシア全体の経済やエンターテイメントのクオリティや育児・家庭環境等を高めることに繋がるということでしょうか。
Winston:一例として、社会課題解決に対する貢献の観点では、2024年のインドネシア大統領選で、Z世代がより政治について知れるようにすることが私たちの役割だと考えています。IDN Mediaは独立系メディアとして中立的な立場なので、彼らに正しい情報を提供することで政治について学ぶ機会を提供していきます。
他の例としては、中小企業の経済的な改善も私たちの役割です。私たちがプラットフォームをジャカルタ非一極化することで、中小企業は追加の支出なく、コンテンツを自らつくり発信できます。中小企業を含むすべての人々が脚光を浴びる可能性があります。
IDN Media社と電通の化学反応で世の中に新たな価値を生む
小山:それでは、これまでお伺いしたようなIDN Media社のビジョンを踏まえて、今回の提携を機に、電通に期待することとしては、どういったことがあるでしょうか。
Winston:短期的な期待と、中長期的な期待があります。まず、短期的には、電通にはインドネシア法人があり、従来より、IDN Media社が運営するメディアの広告販売で貢献してくれています。提携を機に、より一層強いタッグを組んで、双方の事業の成長を目指していければと思います。
また、今年に入り、インドネシアでも人気の音楽グループJKT48の運営に関する合弁会社を電通と立ち上げています。今後、私たちはライブストリーミング事業を大きく伸ばしていきたいので、コンテンツの面でも電通の培ってきた経験をうまく活かしたいと考えています。
井野:まずは協業の成果を早期に実現することが大事だと思いますので、私も小山も、普段は東京にいますが電通のインドネシア法人やより広範囲のAPAC部門等とも連携をしながら、IDN Media社の短期的な期待に全力で応えていきたいと思っています。一方、中長期的な期待とはどのようなものでしょうか。
Winston:IDN Media社は、今後、ライブストリーミングでの投げ銭やECなど、メディアコマースの領域に進出していきます。中長期的には、メディアビジネスを多様化していくなかで、電通ならではのアイデアを貰えれば嬉しいと思います。
小山:まさに、私達としても同じ思いです。IDN Media社には、ライブストリーミング事業への進出のように、既存事業で培ったユーザー基盤やテクノロジーを活かせば、新たなビジネスの可能性がさまざまに広がっていきます。
電通としては、IDN Media社の期待に応えながら、世の中の流れを捉えて、まだお互いに見えていない将来の事業の可能性について今後一緒に模索していきたいと考えています。IDN Media社と電通という創業地やビジネスの成り立ちも異なる両者の化学反応を通じて、世の中にこれまでにない新しい価値を生み出し、社会のさらなる発展に貢献していきましょう。