Agya Ventures対談:“住みやすい”ではなく、“住みたい”と思えるスマートシティの在り方とは?

Agya Ventures対談:“住みやすい”ではなく、“住みたい”と思えるスマートシティの在り方とは?

by 井野 侑希

現在、都市のスマート化が世界中で行われています。実際に実行のフェーズに移行しているプロジェクトも多く、成功・失敗の事例も散見されるようになりました。脱炭素に向けた対応や、ウェルビーイングの実践など具体的な課題も浮かび上がっているなかで、私たちはどのようにスマートシティという存在を考えればいいのでしょうか。電通イノベーションイニシアティブ(DII)の井野侑希と内藤健吾(DII所属は対談当時)が、北米を中心とした不動産テック領域のスタートアップ企業に投資をしている「Agya Ventures」の井口信人氏を招いて考察します

井口 信人
北米を中心とした不動産テック領域のシード・アーリー期のスタートアップ企業への投資を行うベンチャーキャピタルファンドAgya Ventures 共同創業者。Agya Ventures設立以前は、Amazon(米国)のシニア・マネージャー、マッキンゼー・アンド・カンパニー(東京)のコンサルタントを経て、世界最大のヘッジファンドBridgewater Associatesにて、唯一の日本人シニア投資家として勤務。イェール大学、ハーバード・ビジネス・スクール(MBA)卒業。

井野 侑希
株式会社電通グループ 電通イノベーションイニシアティブ シニア・マネージャー。投資ファンド、ソーシャルゲーム会社を経て、2015年電通入社。経営企画局を経て、2018年よりDIIでスタートアップ投資を交えた事業開発に従事。

大切なのは「住民の生活をどう良くしていくのか」という視点

ー井口さんは、スマートシティの事例をさまざまに見てきたと思いますが、その在り方についてどのように考えていますか?

井口:二つあると考えています。一つは、新しい街や地域をゼロからつくっていくスマートシティ化。シンガポールを筆頭に中国やアブダビなどがその好例と言えるでしょう。

我々のファンドでも「Culdesac」(カルデサック)というアメリカの企業に投資をしていて、車のない街をボストンにつくる計画を進めています。こうした事例では、テクノロジーのエコシステムに一貫性を持たせることができるし、ガバナンスの観点からもすべての人のためのまちづくりを実現できる利点があります。

もう一つは、東京やニューヨークのような大都市のスマートシティ化。こちらは都市全体で新しいことに取り組むのは規模的に難しいので、個々のソリューション解決に向かいます。

とはいえ、いずれの場合も鍵になるのは「住民の生活をどう良くしていくのか」という視点です。失敗している事例の多くは、テクノロジーのことばかり先行してしまうなど、結局は住民のためにならない施策に終始していることがほとんどなんですよ。

内藤:トロントでスマートシティ計画を立ち上げて失敗したSidewalk Labsの件で、そのあたりの議論がありましたよね?

井口:住民たちから収集したデータの扱いについて議論が巻き起こりましたね。データがあればあるほど最適化につなげることができますが、「データを利用することに正当性はあるのか」という議論は別でしなければいけない問題の一つです。データの利活用の方法について指針を明確にし、隠しごとをしない。それが重要だと思います。

フィジカルとバーチャルの融合によって起こる変化とは?

ーそもそもの話になるのかもしれないですが、みなさんはスマートシティのどのような点に惹かれているのでしょうか?

井野:人って基本的に「楽したい」「さぼりたい」という欲求が大なり小なりありますよね。それを解決するサービスや商品を提供することで企業はお金を得ているわけですが、デジタルのなかだけで完結することってひと通り出揃った気がするんです。

もちろんWeb3.0の話もあるので、これから発展する余地は十分にあると思いますが、議論自体は2週目3週目に入っているじゃないですか。iPhoneが出てきて10年以上の月日が経っているわけですし。

となると、今後はフィジカルとバーチャルをいかにシームレスにつなげていくかというフェーズに差し掛かると思うんです。そうした話はこれまでもされてきましたが、テクノロジーの問題でなかなか具体化されませんでした。でも、都市や街のスマートシティ化によって、一気に加速するんじゃないかなと。

井口:我々としても、フィジカルとバーチャルの融合はスマートシティ化における重要な要素だと考えています。都市でいうところのフィジカルは、建物や交通インフラになりますが、この領域のバーチャル化はさらに進んでいくはず。

たとえば、街を歩く人のデータが取得できるようになれば、この人はこういう場所に行くからこの広告が有効だろうといった詳細なターゲティングができるようになりますよね。また最近は、出社とテレワークの両立を目指したハイブリッド型の働き方をする企業が生まれていますが、オフィスとメタバースが融合したら同じ空間で働けるようになるかもしれません。

内藤:我々の生活がどのように変化していくかは気になるところです。一方で「そうした世界を人々が本当に望んでいるのか」という問いも同時に考えなければいけないですよね。

世の中のデジタル化が急速に進んだことで、マーケティング領域ではデータに基づいたレコメンデーションやターゲティングのような手法が進みました。それがこれまでの10年だとしたら、そうした手法が現実世界にも影響を及ぼし、街のなかにも増えていくのがこれからの10年だと思います。一方で、脱炭素のような少し異なる視点の話もスマートシティの文脈で語られることがあります。

もちろん「楽がしたいか?」と聞かれたら、多くの人が「楽をしたい」と答えるでしょうし、「地球に優しいことをしたほうがいいか?」と聞かれたら、多くの人が「そう思う」と答えるでしょう。ただ、生活を営むのってそんなに単純な話じゃないですよね。コンビニが環境負荷を考慮して24時間営業をストップすると宣言して、それを容易に受け入れられる人は少ないはず。

ー確かにそうかもしれません。

内藤:便利さを享受しているからこそ、どの方向を向いて話をするのかがすごく重要で。そういう点において、新たな生活様式が生まれる可能性を持つ「スマートシティ」という存在は、我々が抑えておくべきフィールドの一つであるのは間違いないと思います。

井野:「効率化を突き詰めた先に幸せがあるのか」みたいな少し哲学的な話もありますよね。効率性を極めるのであれば、A地点からB地点まで最短距離で向かうのが最適じゃないですか。でも、C地点を経由することで、思いもよらぬ出会いがあったり、かつて見たことのない絶景に巡り会えたりするかもしれない。しかも、それらが人生を豊かにする要素の一つになりうるとしたら? この問いはスマートシティに関する取り組みについても同じことが言えるはずです。

内藤:今って自宅から一歩も出なくても荷物が運ばれてきますし、Web会議ツールを使えば出社せずともミーティングに参加できるわけじゃないですか。そうやって日本中どこにいても同じように過ごせるようになっている一方で、海が好きな人は海辺に住むことが理想なわけで、必ずしもすべての人が便利になることを望んでいるわけではないですよね。

井野:選べる選択肢が一つだけという状態は効率的ではありますが、果たしてそれで人間が幸せになれるのかという問題をはらんでいますよね。多少の不便はあるかもしれないですが、複数の選択肢が用意されているほうが自由度は高いじゃないですか。さじ加減はすごく大切だと思います。

内藤:たとえば、自分の健康状態に合わせて食べ物が用意されたらとても便利だと思う一方、その瞬間にその食べ物を食べたいと思うかは別の話だなと思うわけです。これはスマートシティでも同じことが言えますよね。

「人にとって住みやすい環境」というと聞こえはいいですが、実際に住みたいと思うかは別の話じゃないですか。持続可能性や効率性みたいなことを考えていくと答えがどんどん絞られていきます。でも、そうして「この形が正解です」と他人から掲示されると、反発したくなるのが人の習性なんだろうなと。

ー深夜にジャンクフードを食べたくなる気持ちに近いですよね。健康のことを考えたら食べないほうがいい。でも、それでも食べたくなるのが人間だという。スマートシティについても、そういう問題をはらんでいるような気がします。

井野:これまではターゲティングしたいけどできない領域があり、だからこそ良い塩梅を保てていたと思うんです。ただ、現在はあらゆるものがデータ化できるようになっていて、そうした領域が少なくなっています。効率と非効率のバランスは、あらためて考えなければいけないことなんでしょうね。

井口:スマートシティ=新しいテクノロジーがたくさん=効率化されて便利と考えてしまうと、ユートピアのような世界を思い描いてしまいますが、そこには「人」という存在が抜け落ちているんですよね。だから、住みたいと思えないという話だと思います。ですから、「住民の生活をどう良くしていくのか」という視点を抜きにはスマートシティの在り方は考えられないわけです。

クリエーティブがウェルビーイングに貢献できることがあるはず

ースマートシティ化によってもっとも影響を受けるのが不動産業界ですよね。どのような変化が起きるのでしょうか?

井口:私は三つあると考えています。一つ目はデジタル化。近年、スマートオフィスやスマートホームのようなものが誕生していますよね。こうしたデジタル化した建物を通じてデータが取得できるようになれば、それを都市の開発に活かすことができます。

二つ目はサステナビリティ。建物自体を変容可能なものにしていく流れがあります。たとえば、コロナ禍でオフィスを利用する人の数が減りましたよね。こうした自体は今後も起こる可能性は大いにあるので、人数の増減に合わせて臨機応変に用途を変えられるようになってきています。

二つ目はウェルビーイング。人々が心身ともに健康で暮らせる、環境に負荷をかけない、そういった建物が求められるだろうと。

内藤:ウェルビーイングは、我々としても興味がある領域です。サステナビリティのような話は化学的な数値を出せると思うんですね。材料を変えると何%環境負荷を下げられますとかって。

でも、人間の感情や感覚といった数値化が難しい事柄の満足度を高めるためには、クリエーティビティが必要になるはずなんです。絵を飾ったり、花をいけたり、音楽を流したりするのって人々にとって居心地の良い空間をつくるためだと思うので。

ーでは、日本でスマートシティを実現していくと仮定して、Agya Venturesと電通が協業して取り組んでいきたいことはありますか?

内藤:スマートシティ化に電通が大きく貢献できることがあるとしたら、エンターテインメントやコンテンツといった我々が得意な領域で、かつ機能性や効率性とは違うベクトルにあるものだと思うんです。そのディスカッションを深めていきたいですね。

井口:おっしゃるとおりです。電通はマーケティングや広告の領域に強みを持っています。一方で我々のファンドは、アメリカの企業を中心に投資をしつつ、世界中にあるスマートシティの成功・失敗の事例を数多く見てきました。それらを学びの糧にして、何かしらのアクションを一緒に起こすことができればと思います。日本らしさのある街づくりに貢献できたらいいですよね。

ー井野さんはいかがですか?

井野:そもそもスマートシティはいろんな要素の掛け合わせによって生まれる総体のようなものじゃないですか。だから、新たなテクノロジーが生まれてくるなかで「スマートシティ」という概念自体も常に変質していくと考えています。

そう考えると、現在のテクノロジーの制約では全く想像できないようなスマートシティが誕生する未来もあり、だからこそ取り組み甲斐のあるテーマだなと。今後もっと面白いことが起こるフェーズになるのは間違いないので、Agyaと一緒にさらなるR&D活動に励みたいと思います。

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