マーケティング業界やIT業界において、これまでサステナビリティが直接的に語られることは多くありませんでした。しかし、私たちがインターネットの検索をするたび、エネルギーは消費され、CO₂が排出されています。SDGsへの関心が高まるなか、今後は企業のマーケティング活動におけるCO₂排出量も重視される時代が訪れる──。そんな未来を見据えた「Advertising Week Asia 2024」のセッションに、スウェーデンのテック企業SeenThisのTom Jones-Barlowと電通デジタルの小野寺 信行が登壇。当日の様子をレポートします。
<登壇者>
秋元 陸(あきもと・りく)
Stylus Media Japan/ Country Manager。外資系金融機関・コンサルティングファームにてデータ活用に関するプロジェクトや新規事業開発に従事。イスラエルのスタートアップ Outbrain Japanの立ち上げ及び事業開発に携わり、2019年9月より世界中のイノベーション消費動向を調査・分析するStylus Media Groupの日本支社代表を務める。
Tom Jones-Barlow(トム・ジョーンズ=バーロウ)
SeenThis / Vice-President APAC。2020年からSeenThis APACのVice Presidentを務めており、それ以前はSeenThisの顧客としてSeenThisのテクノロジーを使用したキャンペーンを実施。アドテック、メディアエージェンシー、デジタルマーケターとして15年間勤務し、シンガポールに10年間住んでアジア太平洋地域のクライアントにサービスを提供。デジタル広告業界に新しいテクノロジーを導入して、結果と作業方法の両方を改善することに熱心に取り組む。複数のIAB委員会で委員を務め、Campaign、Marketing Interactive、The Drumに意見記事を執筆。
小野寺 信行(おのでら・のぶゆき)
Dentsu Digital Global Center(DDGC)マネージャー/電通イノベーションイニシアティブ(DII)コネクトメンバー。国内初のDSPベンダーでキャリアをスタート。外資系アドネットワークおよびSSPベンダーを経て、株式会社電通デジタルに参画。参画後から一貫してグローバルアカウントマネジメントに携わり、現職に至る。マネージャーとしてチームを率いながら、DIIコネクトメンバーとして、DIIと連携し、グローバルプラットフォームのR&Dを推進中。
秋元:Stylus Japan(スタイラス ジャパン)の秋元と申します。弊社は、企業の未来戦略や新規事業などの経営戦略をサポートするアドバイザリーファームです。本セッションの進行を務めさせていただきます。
トム:SeenThis(シーンディス)APAC(アジア太平洋エリア)でVice Presidentを務めるトムと申します。本日は国内外の事例などをご紹介できることを楽しみにしています。
小野寺:電通デジタルの小野寺と申します。電通デジタルでは、グローバルビジネスをリードするCoE(Center of Excellence)組織「Dentsu Digital Global Center(以下、DDGC)」)が今年1月に新設されました。現在は、その組織でマネージャーを務めています。また、電通イノベーションイニシアティブ コネクトメンバーでもあります。本日はよろしくお願いします。
注目のグリーンテック。5つのキーワード
秋元:まずは私から、サステナビリティの最新トレンドを簡単に紹介させてください。昨今マーケティングや広告の領域においても、「環境への配慮」が非常に大きなテーマになってきています。
ただ、そこだけ切り取るとわかりづらいと思いますので、まずはマクロな視点における「環境のトレンド」についてお話しします。現在、環境に配慮したテクノロジーやサービスを指す「グリーンテック」に、世界の多くの企業が注目しています。そのトレンドを、5つ紹介します。
1つ目が「モビリティ」。日本でもシェアサイクルや電動キックボードのLUUP(ループ)などが登場していますが、これにより、CO₂の削減や環境負荷を低減していこうとする流れは世界的な潮流となっています。
2つ目が「大気汚染(クリーンな空気)」。WHOが定める基準に達しているクリーンな空気を提供している国というのは、実は全体の3分の1ほどしかありません。先進国で、人口が集中している都市に関しては、例外なく大気汚染が進行しているという現状があります。アメリカのニューヨークやシカゴにおいて、2023年6月と7月は過去23年間で大気汚染が観測された日数が最も多かったといったデータもある程、近年加速している課題でもあります。
3つ目は「自然環境×テクノロジー」。最近では、AIや通信技術の発展によって、衛星から地表を監視し、どのエリアに水が不足しているのかが、画像認識の技術で検知できるテクノロジーが存在します。このように、これまで環境に直接的に使われてこなかった画像認識、画像解析AIの技術を、いかに環境保全に生かしていくか。テクノロジーの活用も、環境問題の中で昨今は語られるようになってきました。
4つ目が「グリーンハウジング(持続可能な住まい)」。これは今後、日本でも親和性が高くなってくるテーマではないかと思います。たとえば、太陽光発電などを活用しながら、住まいの中で生まれるエネルギーを循環させる。リビングに人が集まり、熱くなったら、その余剰な熱をエネルギーに変えて、違う形で活用する。そうしたテクノロジー活用の議論が昨今、多く生まれています。ここには「アフォーダブル(手頃な価格)」というトレンドもセットになっています。最近では日本でも、電気代や水道代が上昇しており、生活コストが上がっています。特に欧米はその上昇率が高く、大きな課題となっています。そこで目指すは「0ビルズ(請求金額ゼロ)」の世界です。そのための取り組み、マーケットニーズは非常に高まっています。
そして5つ目が「持続可能なデジタルシステム」です。ここから本日のテーマである、マーケティングやIT、広告業界における「環境への配慮」につなげていきたいと思います。デジタル領域における環境配慮が注目されるきっかけになったのは、ちょうど1年ほど前、ロンドンで行われたカンファレンスにGoogleが登壇したことにあります。そこでGoogleは「IT業界も環境を無視できない」と発言しました。ちなみに、みなさんがGoogleで検索すると、1回あたり0.2グラムのCO₂が排出されています。結果、1日あたり約18万kgのCO₂が排出されているというデータもあります。
来年2025年というのは、2018年頃に環境問題が世界的に注目された際に、多くの企業が中間目標を設定した年です。プラスチックの使用削減など、さまざまな目標がありましたが、おそらく多くの企業が目標を達成できずに終わるのではないかと言われています。
大量のCO₂を排出している、デジタル広告
秋元:そのなかで今後、おそらく企業には説明責任が求められることになるのではないでしょうか。それはメーカーだけではなく、マーケティングやITなど、これまでは環境問題に直接的に寄与することを期待されていなかった企業に対しても、情報の可視化が求められるような時代になっていくのではないかと予想しています。
つまり「持続可能なデジタルシステム」というトレンドは、広告やマーケティング業界にも影響を与えるものであり、ヨーロッパのGDPRのような、個人的には大きな潮流になると見ています。その辺りを、トムさんから解説をお願いします。
トム:実は、インターネットは環境汚染の大きな原因のひとつであり、CO₂排出量が問題視される航空業界のおよそ倍の温室効果ガスを排出しています。
みなさんは、デジタル広告はそれほど環境に悪いものではないと思っているかもしれません。しかし実際は、非常に多くのエネルギーを消費しているのです。全世界でのデジタル広告によるCO₂の排出量は年間6000万トンにおよび、その数は東京-ニューヨーク間のフライト約2000万回分に相当します。
すでにインターネット業界では、環境への影響に関する理解は確実に浸透してきています。業界団体が設立され、排出量をどのように報告、標準化すべきかが協議されています。たとえば、AD NET ZERO(二酸化炭素排出量を実質ゼロに削減するための広告業界の連合組織)は世界的な業界グループで、さまざまな方法で業界のカーボンニュートラル実現を追求しています。
世界各国政府は、企業に排出量の報告を義務付ける規制を導入し始めています。たとえば、シンガポールでは、2025年末までにシンガポール証券取引所に登録されている全ての企業が排出量を報告しなければなりません。EUでは、EU内の企業に海外拠点の排出量を報告するように求めています。つまり、中国、アメリカ、日本などのEU圏外での排出量も含めての報告です。
EUでGDPR(一般データ保護規則)が施行された当時、アジアやアメリカの多くの企業はまだ準備が出来ていない状態でした。しかしその後、各国政府がEUと足並みを揃えたように、多くの政府が今後、同様の規制を導入していくことが予想されます。また、規制は単なる報告から、どのように排出量を削減しているかを報告することへと拡大していくと考えられています。
非常に大きな挑戦のように思えるかもしれません。しかし、データ量やCO₂排出量を削減できる技術は存在しますし、すでに日本でも導入されています。
たとえば、Spotify Japanでは、今年8月にSeenThisのテクノロジーを活用し、データ転送量を74%削減し、CO₂排出量を51%削減しました。これは東京-上海間の24便のフライトがなかったのと同じ効果です。
世界のデジタルエコシステムを支える「SeenThis」
秋元:SeenThisは、アダプティブストリーミング技術をデジタル広告に応用した「SeenThis」を開発しました。それにより、パフォーマンスとサステナビリティを両立している訳です。この技術について、トムさん解説をお願いします。
トム: SeenThisは、NetflixやSpotifyと同じアダプティブストリーミング技術をデジタル広告に応用しています。現在のデジタル広告はすべて、一旦ダウンロードされるため、ユーザーに表示されるまでに膨大なデータ転送量が発生しています。一方、ストリーミング配信では、テレビCMと同様の高品質な動画をディスプレイ在庫に瞬時配信することができます。そのため、動画在庫に配信する従来のダウンロード動画広告と比較して50~80%安価に広告キャンペーンの実施が可能です。また動画サイズの上限もありません。
SeenThisは、日産によって開発されたと言っても過言ではありません。7年前に、スウェーデンの日産から「SeenThisを使ってディスプレイ広告枠に動画を配信できないか」という相談を受けました。それ以来、日産のあらゆるキャンペーンでSeenThisが活用されています。本キャンペーンではCPA(Cost Per Action:顧客のアクションあたりの単価)が20%低下した一方で視聴時間が49%増加しました。
ハイネケンブランドのTigerビールの事例では、CTR(Click Through Rate:クリック率)が300%近く上がり、CPC(Cost Per Click:クリック単価)が70%近く下がりました。
スウェーデン発のフィンテック企業のKlarna事例では、CPCV(Cost Per Completed View :広告動画完全視聴1回あたりのコスト)が50%低下しました。
他のブランド指標においても良い結果がでています。アテンションを計測するLumenの調査では、アテンション秒数が1.7秒増加し、ビューアビリティーも66%から78%に増加しました。
サステナビリティとパフォーマンスの両立が求められるデジタル広告
秋元:ここからは、日本国内のマーケットの動きについて、小野寺さんからご紹介をお願いします。
小野寺:はい。某新聞系のメディアによれば、日本政府が温室効果ガスの削減目標を達成できない大手企業に対し、罰則導入(課徴金を課すこと)を検討している、とのことです。もはやCO₂排出削減は国策レベルの最重要課題であり、私たちとしても喫緊の課題として、さらに具体的かつ強力に取り組みを推進していく必要があると考えています。
実際に電通グループでは、SeenThisの活用が増えています。先日の『カンヌライオンズ2024』を契機に、グローバル大手のメディアエージェンシーが、サステナビリティへの取り組みを加速し、広告業界全体でカーボンオフセットを推進する動きが広がりつつあります。
電通グループとしても、こうした潮流を捉え、積極的に取り組んでいきたいと考えています。そのためには、効果の可視化が非常に重要です。たとえば、デジタル広告配信で削減されたCO₂排出量を計測し、脱炭素にどの程度貢献できたのかを、数値化し、可視化することで、広告主さまへ新しい付加価値を提供できます。
もうひとつはシンプルに、ユーザーの通信環境に応じて広告表示の品質を調整する『アダプティブストリーミング』技術の活用です。Spotifyも同様の技術を用いて、音楽コンテンツを瞬時に届けることで、ユーザー体験を向上させています。この技術を広告配信に応用することで広告がストレスにならない、スムーズな視聴環境を実現できます。
ユーザーは広告フォーマットや訴求内容、ターゲティングに対して、不快感を抱くことが多く、近年メディアのUIは広告枠で溢れ、視覚的にも煩雑化しています。その結果、ユーザーが広告は勿論、メディアから離れていくという悪循環が生まれています。情報過多のインターネット環境では、ユーザー体験を向上させる技術や洗練されたプランニングが必然的に求められるでしょう。現代人は、常にスマホを手にしており、電車やエレベーターなど日常のあらゆる場面で広告に接触していますが、『バナーブラインドネス』という言葉が示すように、私たちはデジタル広告を無視することに慣れてしまっています。
一方で、広告代理店のプランナーは、効率性を担保・追求することを求められることが多く、たとえば、CTRを1%+まで向上させるといった目標があげられます。しかし、この1%を重視するあまり、残りの99%が見過ごされてしまうことも少なくありません。今後はcookieレスやMFAなどの問題を踏まえ、より潜在的なマーケティング活動や広告の貢献度(アシスト効果)といった、『本質的な価値』がこれまで以上に重要視される時代になると、考えています。
そのためには、コンテンツの文脈に沿った『動画広告』によって、ユーザーに快適な広告体験を提供することが鍵となります。
カンヌでも取り上げられた、サッカーコンテンツと連動した、ポテトチップスの『Lay’s(レイズ)』の広告は、まさにその理想を体現した好例です。動画にはデイビッド・ベッカム氏とティエリ・アンリ氏がKOL(Key Opinion Leader)として登場し、スタジアムの観客を巻き込んだストーリーが展開されます。広告でありながら不快感がなく、観客と一体となったブランデッドコンテンツとして楽しめる優れた広告体験を提供しています。こうしたアプローチは、ブランドロイヤリティの向上にもつながる世界観を構築しており、私たちはいまこそ、在るべきインターネット広告の姿を再考する時期に来ていると感じます。
日本でもSeenThisの活用がスタート
小野寺:一例として、自動車メーカーの「MINI JAPAN」様との取り組みをご紹介します。同社とは、ブランディングやリードジェネレーションなど、さまざまな目的に応じた施策を展開しており、KPIもそれぞれに設定しています。もちろん、大手プラットフォームによる広告も配信しています。
今回、SeenThisを用いて、リッチな動画広告を配信した結果、GDN(Googleが提供する広告配信サービス)やMetaのディスプレイ広告と比較して、CTRが向上しました。また、YouTubeの動画広告と比べた場合も、VCR(Video Completion Rate:動画の再生完了率)が高く、CPCV(Cost Per Completed View:動画の再生完了単価)が低いという結果が得られました。さらに、環境面ではCO₂排出量を62%削減し、わずか2週間の配信期間で「東京–上海間のフライト2回分」に相当するCO₂を削減することができました。今後も同社と協力し、環境に配慮したマーケティング活動をさらに拡大していきたいと考えています。
秋元:ありがとうございます。続いてトムさんから、具体的にどのように、日本でビジネスを展開されているのかを、ご紹介お願いします。
トム: 日本国内でも、すでにいくつかの配信事例があります。Google, Meta, Nike, Accenture, LOEWE(LVMH)など、多くのグローバルブランドが日本においてもSeenThisを活用して広告を配信しています。SeenThisは日本を重要なエリアと捉えています。日本の拠点としてSeenThis Japanも設立しました。今後、より多くの方々とご一緒できることを楽しみにしています。
秋元:本日のセッションは、以上になります。ご参加いただきまして、ありがとうございました。